特集「”オフケ”ってナンダ?」

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尾張の郷土美術を語るうえで、避けては通れない「御深井焼」

一体、この焼き物は何なのか?

様々な切り口から、御深井焼の「実像」を探ります。

オフケヤキの難解さ

オフケヤキって何だ?

一言では言い表せない、様々な「意味」を内包した言葉。

「御深井」のルーツ

ルーツを探れ

第一義に「御深井」とは、名古屋城にあった御庭の名前です。

焼成地が複数ある?

もうひとつのルーツ

焼き物を説明する際、「窯があった場所」は重要なファクターの一つですが、御深井焼は「名古屋城の御庭」だけで焼かれていた焼き物ではないのです。

釉薬も1種類だけではない?

御深井釉ではない御深井焼

もう一つ、焼き物の説明する際の重要なファクターに上げられる、「釉薬」も1種類だけではないのが、御深井焼の理解を難解にしている問題の一つ。

脇道:初期は茶入を焼いていた?

本当の姿は

 

御深井焼がまだ「御深井焼」と呼ばれていなかった、江戸初期の時代の御深井焼。この時代の実像は茶入だったのではないか?

夏の自由研究「隔蓂記に出てくる謎の焼き物」

時代の変遷と、背景の変容

18世紀の御深井焼

焼き物がつくられる、その理由は時代とともに変化していきます。

尾張藩の御竃屋

御窯屋のお仕事

御深井焼と切っても切れない関係にある、瀬戸の御窯屋を知らずして、御深井焼の実像には迫れません。

下賜品としての役割

ステータスとしての名称

時代がさらに下ると、御深井焼は新たな役割を担います。

在銘の作品

在銘御深井ワールド

江戸後期の御深井焼には、印が捺されています。

作られた経緯が複雑に絡まっている

御用窯と御庭焼

「御深井焼」という言葉で一つになっているけれども、その実像は様々な背景を持つ。

御深井焼を支えた人たち

指導者と陶工

瀬戸の御窯屋、そして江戸中期~後期に活躍した、武士階層の数寄者の影響を受け、様々なバリエーションの焼き物がつくられるようになった。

結局、御深井焼とは何なのか?

”オフケ”とは?

 

 

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