尾張国焼鉄道の旅14:鶴舞(鶴舞焼)

勉強部屋 コメント : 0

「つるまい?」「つるま?」どっちゃねーん

今回は名古屋市営地下鉄「鶴舞線」と、路線名にもなっている「鶴舞」駅です。

前回「名古屋も何気に難読地名がある」と話題にしましたが、ここは「読み方が2種類存在する」のです…。

「漢字そのものは難読ではない」のに「読みにくい」という…

世にも珍しいパラドックス難読地名です。

「つるま・つるまい」読み方混在問題

名古屋の人なら、一度は不思議に思った人も多いでしょう。

字面では「つるまい」と読みたくなるのですが…実は「つるま」と読ませているパターン(公園・図書館)もあるのです。

※ちなみに地下鉄の路線名・駅名はともに「つるまい」が正しい読みとされています。

この話題、新聞・ローカルテレビ・ネットメディアなど、様々な媒体によって「散々、話題にされ尽くしている」ので、細かいお話は省略して簡潔に結論を述べますと…理由は諸説あり過ぎて不明!ということです。

『元々、「つるま」だったものに漢字をあて、のちにその漢字を「つるまい」と読み間違えた』説が主流なんですかね。他にもいろいろありますが、地誌を紐解いてもこれといった確定がなされず、不明らしいのです。

そこで…郷土美術に力をいれる当店が、勝手に異説をぶち上げます。(笑)

この話はね…「話し言葉(方言)」と「書き言葉(標準語)」に起因する問題じゃないか、って気がするのです。

まず名古屋弁って「あ-い(a-i)」って母音が連続する発音が「ぇぁ(発音記号 æ)」って、訛る方言なのです。

(例:「うまい→うみゃぁ」「どえらい→どえりゃぁ」

この法則を「鶴舞」に応用すると…鶴舞も元々は「つるまい」という言葉だったものが訛って「つるまい→つるみゃぁー」となり、さらにせっかちな人が早口で「つるみゃ」と発言すると…恐らく名古屋弁に馴染みのない人の耳には「つるみゃ」が詰まって「つるま」と聞こえるのではないか…?

もっと突っ込んで言うと「鶴舞〇〇」と後ろに接続語がある場合は余計に「つるみゃ〇〇→つるま〇〇」と詰まって聞こえやすいのでは…?「どえりゃぁ混んどるなぁ」を早口で発音すると「どえらこんどるなー」と聞こえやすい…そんな気がしません?

本当のところ、どうなんでしょうね?この謎は多分、永久にに解けないのでは…。

僕は特に意識せず、ナチュラルにこの「鶴舞」を呼び分けていたような気がします。

つるみゃこうえん

鶴舞駅(TURUMAI-STATION)は名古屋を代表する公園、「鶴舞公園(TSURUMA-PARK)」に隣接しております。

鶴舞公園の成り立ちを調べてみると…ここは元々、沼沢地で田んぼが広がっていた地域でした。

明治38年、新堀川(元・精進川)の整備に伴い、大量の土砂を処分する土地を探していたところ、「第10回関西府県連合共進会(産業博覧会)を誘致する場所として、当時の御器所村の田園地帯を埋め立ててしまおう」という計画から、公園整備がスタートしているとのこと。(鶴舞公園の歴史を参照。)

鶴舞公園は産業博覧会の後も拡張を続け、図書館、運動場、動物園、公会堂、美術館など様々な施設が増えていきました。

鶴舞中央図書館(TSURUMA-CENTRAL-LIBRARY)は、現役でお世話になっています。郷土資料コーナーは尾張国焼を深く知るうえで欠かせない存在です。

鶴舞焼

そして時は大正時代。まだできて間もない鶴舞公園に、ある一人の男がやってきます。瀬戸の陶工・加藤源治郎。鶴舞町に良質な土があることを見つけ、ここに登り窯を築いて、焼き物の生産を始めます。

この新堀川の整備で運ばれてきた土砂が、焼き物に適した土だったのでしょうか?

もともとの沼沢地だった田んぼの泥土 + 精進川の川砂 = 鶴舞焼スペシャルブレンド

実際どうだったのかは、定かではありませんが…。

鶴舞焼で作られた焼き物は、茶道具や酒器、鉢、小皿、陶彫の置物など多岐にわたります。また釉薬も複数の技法を使い分け、かなり作風の幅が広く、同時代の夜寒焼と似通った部分があります。当時の流行として「絵付けのある器」は、名古屋の庶民に広く親しまれていたのでしょうか。

大正以降の鶴舞公園の拡張に伴い、鶴舞焼の窯も場所を移っており、印影の違いで凡その時期がわかります。

初期の頃の器物には鶴の下に「山古」の印銘が入っています。また鶴のない「山古」印、また亀の内部に「山古」の印があるものも知られています。亀の山古印は窯を移してからのもの、と考えられています。「山古」の由来は何なのか…これは推測の域を出ませんが、恐らく鶴舞公園ができる前から、もともとそこにあった「八幡山古墳」の名前から取ったものだと思われます。

その後、名古屋は戦火に晒され、空襲で窯は灰燼と化し、加藤源治郎の消息は不明に…。

戦時中の鶴舞公園は陸軍に接収され、戦後は駐留軍に接収され、とても窯を再開するような状況じゃなかったのでしょう。残念ながら現在に続く鶴舞焼の系統はありません。

で、結局…?

「つるま焼」、「つるまい焼」、どっちの読みが正しいのか…。

…困りましたね。 (´Д`;)

僕の勝手な「方言聞き間違え説」を採用するなら、正式には「つるまい焼」と言うのが正しいのでしょうか?せっかちな名古屋人がしゃべると「つるみゃ焼」と言うのかなぁ…?んー、意外と苦しいぞ、この説。

「鶴舞公園」に所縁のある焼き物の窯ですので、公園の正式な呼び名に倣って「つるま焼」と呼ぶのが、なんだか正しい気もします。

…もう、どちらでも…好きに読んでください(苦笑)

関連記事

勉強部屋

尾張国焼鉄道の旅10:矢場町(八幡焼)

読む ≫

勉強部屋

尾張国焼鉄道の旅06:上前津(豊楽)

読む ≫

勉強部屋

尾張国焼鉄道の旅13:浅間町(萩山焼)

読む ≫

茶碗

鶴舞焼 寳生院御紋茶碗

読む ≫

コメント

コメントを残す