萩山焼芋頭水指

萩山焼

芋頭水指

萩山焼の多彩さ

萩山焼は尾張徳川家の御庭焼の一つです。

詳しくは勉強部屋の記事をご覧ください。

尾張国焼鉄道の旅13:浅間町(萩山焼)

極めて「個人的なイメージ」なのですが…萩山焼って数が少ないうえに、いわゆる「作風」というものも一定しないといいますか、その全体像を掴むのが結構難しいのです…。

大まかに「本焼(高火度焼成)の御深井焼に対して、楽焼(低火度焼成)系の萩山焼」というようなイメージを持っていますが、その限りではありません。

茶陶が多いのは間違いありませんが、それに限るわけでもなく…結構いろいろ焼いています。

こういう「漠然とした掴みにくさ」のイメージから、僕は「上流階級のプライベートな御庭での楽しみ」というイメージを抱いておりました。

しかし、この水指と出会ってちょっとまた印象が変わりました。

端正な写しも作っていたんだ…

この水指を初めて見た時は「(萩山焼にしちゃ)丁寧な造りしてんな」という印象を抱きました。

おしりを見れば「萩山焼」のハンコがありますからね。大体、この印影で鑑別しますが…それだけではなく、やはり作風が自分の中での「萩山焼のイメージの枠内にあるかどうか」というのは結構大事なのです。そのイメージから「いい意味で少し外れていた」ので、最初はちょっとクエスチョンでした。個人的にこういうクエスチョンが付く作品が好きです。調べることが大好きなので。

前述した「楽しみで作ってるような作品」とは、ちょっと性質を異にするものだと感じました。

そして色々調べてみて、納得がいきました。これは「空中作 芋頭水指」の写しであると。

本歌が現存し、僕は直接現物を確認しておりませんが…図版写真を見比べて、恐らくそうだろうな、と…。

  • 箆によって皮をむくように帯状に削り取った肌の形状。
  • 高台がないベタ底。
  • 肌の凹凸を生かすため薄くかけられた釉薬。
  • 比較的軟らかい焼成。

…これらの特徴は本歌の空中芋頭をよく捉えて、端正に写しています。

本歌の空中芋頭は松平不昧の残した「雲州蔵帳」にもその名が残り、これを出雲焼で写させたという伝承もあります。この時すでに一定の評価を得ていた水指だということが分かりますね。

萩山焼の稼働時期は正確に推定されておりませんが…徳川斉朝が家督を譲って隠居したのが文政10年(1827年)で、恐らくこの前後だろうと仮定すると…この写しが作られたのは不昧の没後(1818年以降)、という時系列の理解でよいかと思います。不昧と尾張徳川家の関係性はいまだよく調べきれていないので、直接的に交流があったかどうかは不明です。不昧の没後にこの水指が雲州松平家を離れたのかもしれませんし…。

どういう経緯でこの空中芋頭を写すことになったのは、定かではありませんが…作品を見て「非常にまじめに作っている」という印象を受けます。

そういう有名な水指の「写し」を萩山焼でも作っていたかどうか…というクエスチョンに対し、今のところ僕の理解では「無くは無いはだろう」という感じです。というのも、もう一つの窯である御深井焼では尾張徳川家に伝来した名物茶器の写しを作っているので、そうした発想はもちろん萩山焼でもあっただろう、という推測が立つからです。

さらこの空中芋頭に関しては、本歌が「軟らかい焼き上がり」に特徴があるので、高い温度で焼き締まる御深井焼(瀬戸の御窯屋も含め)よりも、低い温度で軟らかい焼き上がりになる萩山焼に窯の適性があるという点で、納得感があります。

ただ写しただけではない

厳密な完コピではなく、2箇所に緑釉でアクセントをつけています。口作りも段を付けてあり、微妙に違います。

これは本歌にはない特徴であり、明らかに「萩山焼独自アレンジ」だと分かります。この辺は「御庭焼ならではの遊び心」なのかもしれません。本歌とは明確に違いを付けるためなのか、それとも「よかれ」と思って加えたアレンジなのか、今のところは断定的なことは言えません。

特にこの「2箇所の緑釉」は、なかなか面白いアレンジだと思います。見ようによっては「水指の耳」のようにも見えますし、向きを変えて正面に持ってくると、なんだか「抽象的な松の姿」のようにも見えてきます。

実際に用いる際、水指の前には茶器と茶碗を置き合わせるので、その背景とるなる水指に「能舞台の鏡板(松の絵)のような効果」を付けるべく、緑釉をワンポイントで置いたのでしょうか。

…自分で言っていても、かなり突飛すぎる想像だと思いますが…(‘A`)

『いろんなストーリーを考察する余地がある』というのは、『面白い茶道具の条件』かな、と僕は思っているので、皆さんもいろいろ考えてみてはいかがでしょう?

注意

注意点が1点。一か所、釉薬が剥がれ落ちている個所があります。

ここからボロボロと釉薬が連鎖的に剥がれ落ちていくということはありませんが、お手入れの際に留意が必要です。

備考

  • 胴径:約18.5cm
  • 高さ:15.5cm
  • 口径:8.5cm
  • 口作りは矢筈口となっており、蓋は塗蓋(掬蓋)のみ
水指

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