萩山焼飴釉茶碗

茶碗

尾張藩の御庭焼

天保年間(1830-44)に藩主徳川斉荘が名古屋城の外郭深井丸に窯を築き、そこで様々な器・茶陶を作らせたのが「萩山焼」です。

萩山焼の土質は淡白で楽焼系統(軟質陶)のものが多いですが、こちらの作品はちょっと赤みのある土で、高台内部には「祖母懐」の印が捺されています・・・。

尾張国焼マニア「(ざわ・・ ざわ・・ )」

マニアでない方も置いてきぼりにはしませんよ。ヾ(´▽`)

詳しいことはいずれ勉強部屋にて取り上げるつもりですが、簡単に説明します。

「祖母懐」とは瀬戸の地名です。ここで取れる陶土は非常に良質で、陶器の生産に向いていました。江戸に入ってから、尾張藩はこの地に「私用を禁ず」の札を立てて、祖母懐の陶土を独占。後にこの土を使って制作された証として、「祖母懐」の印が捺されるようになりました。それゆえにレアアイテム・・・。萩山焼以外にも、御深井焼、楽々園焼など尾張藩が関わる窯で用いられています。

という、印がありまして・・・こちらの作品は比較的しっかり焼かれ、締まった感じの上がりですねー。まじりっ気なしの「100%祖母懐」なのか、勉強不足で判断に困るところですが・・・恐らく萩山焼として独自の配合をしている土ではないかと。高台脇には「萩山焼」の四角い印も合わせて捺されています。

銘「御所柿」

箱は誰の筆になるか、推定できていません。甲書きに銘を「御所柿」としてあります。この茶碗にぴったりの銘ですね。

一応、表題は「飴釉茶碗」としてありますが、釉薬の掛かり具合の違いによるものなのか、窯変による偶然の産物なのか、まるで赤色と飴色を掛け分けたかのような雰囲気があります。この熟した柿を思わせる釉薬の上がりから、銘をつけたであろうことは明白ですね。

僕の撮影技術が拙いせいで、この写真だけでは釉薬の上がりや景色の素敵さをイマイチ伝えきれていないように思います・・・。ぜひHPの写真だけでなく、一度現物を手にとって見ていただきたい逸品です。

茶碗の形はほんの少しゆがませた楕円形。ゆがんだ茶碗は写真で見るよりも、手にとって様々な角度から見るのがとっても楽しいですよ。手の中で回しながら、角度を変え、無限に変化する景色を楽しめるのが、この手の茶碗のいいところ。腰周りがやや張っていて、重心を低く取った造形も、両手で持ったときに安心感を与える効果があるように思います。

1点だけ欠点があります・・・。写真で見ても、実物で見ても、言わなきゃ分からないだろうとは思いますが・・・一部ワレが共直しなっております。非常に丁寧に直されているので、見分けがつかないですけどね。(その分、「萩山焼」の中でも比較的お値打ちです)

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