前田壽仙堂

加藤五助青磁鉢

加藤五助作の青磁鉢です。こちらは五助が還暦を迎えたお祝いで制作された器です。

※還暦とは

自分の生まれた年の干支が1順して還ってくる年のこと。たまに耳にはすれど、イマイチよくわからないという人もいるかもしれませんね。

干支(えと)は

  • 十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種)
  • 十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種)

これらを組み合わせ、「甲子」を最初として、次は「乙丑」といったように、60年で1周する年の数え方なのです(10と12の最大公約数は60ですね)。現代の人だと、年賀状や自分の生まれた年など、十二支の動物のイメージはしやすくとも、十干のイメージって、あまりもっていないかもしれませんねー。ちなみに僕は「丙寅」生まれです。(なんか占星術的にはアレな年らしいっすけど)

ちょっと昔まで、日本では年齢を数え年(つまり生まれた年を1歳)で数えていたため、還暦とは61歳のことでした。数え年に対して満年齢とは、生まれてからの時の経過で数字が増えていく年齢の数え方(つまり生まれた年を0歳)で、こちらの方が現在では一般的。公的機関だと今でも見かけますが、年齢記載欄の(満年齢)って、見なくなったような気がしません?すっかり「還暦」といえば60歳で祝う、というのが一般的になっているでしょうか。

華寿・華甲賀

鉢の見込み部分には「華・甲・賀・寿」の文字が彫られています。

「華」という漢字は、旧字体だと草冠の部分が分かれており、ちょうど「十十」のような形になっており、この漢字をバラバラに分解するとちょうど「十」が6つに「一」が1つ、つまり61歳のことを指す文字になるのです。88歳を祝う米寿なんかと似たようなイメージですね。華は「華寿」もしくは「華甲賀」など、61歳を祝う言葉に用いられました。満年齢で年を数える現代では「還暦」の方が一般的で、「華寿」とはなかなか呼ばれないですが、意味合いとしては同じことなのです。

ちなみに、華甲賀の「甲」は先述した十干の一番最初。つまり「最初に還る」という意味です。

陶玉園・五助

四代・加藤五助は幕末~明治の瀬戸・南新谷地区の人。

文政2年(1819)から磁器生産に転向していた陶業の家に生まれ、文久3年(1863)に家業を継承。「陶玉園」と号します。日ごろから研究熱心な人で、素地の精選、釉薬の研究、図案・意匠の考案など、様々な磁器の改良に心を尽くし、白磁・青磁の釉薬の上に白盛の浮上模様を描くことを創案しました。

また明治になり、いち早く輸出用高級食器の生産に着手し、石膏型の導入にも尽力した、時代の先駆者の一人でした。明治31年(1898)に隠居し、「陶玉」と号したといいます。

作品の高台内部には「陶玉」 「時年六十一」の彫銘と、「陶玉園造」の印があります。四代・五助は天保10年(1839)生まれですので、まさに隠居後、数え年での61歳、還暦のお祝いで作ったものだということがわかりますね。

器の外側には柔らかな箆使いで、草花の模様が片浮き彫りの技法で彫られており、たっぷりとかかった釉薬がグラデーションのように彫線を浮き上がらせています。還暦を迎え、熟練した四代・五助の逸品です。

※寸法

経:役19cm 高さ:8cm