コレクションの終わりと始まり

ご無沙汰しております。あっという間に年の瀬ですね…。

例によって、いろいろブログの文章が「書き溜まって」います。

書き直しの過去のネタもまだ中途半端だし、他にもその時々に思いついたことを書き溜めたりしているので…。

さすがにちょっと消化しておこうと思い、秋ごろに書いたネタをアップします。いろいろ書いたときと心情も微妙に変わったので、いろいろ加味して書き直しております。

必ず離れる運命にある蒐集物

この仕事をしているとね…「お客様に美術品を売る」だけではなく「所蔵品の売却のお手伝い」をすることもあります。たまたま、今年の夏はそういうお仕事が立て続けあったこともあり、いろいろと思うことがありました…。

予め断っておきますが、ウチのお店では、基本的にお付き合いのあるお客様からのご紹介がないと、売却のお手伝いはいたしません。この業界、信用で成り立っている商売といいますか、世の中いろんな人がいて、リスクも多いので、誰でも気軽にという訳にはいかないのです…ご理解ください。「はじめまして、HP見ました!ウチのいらない道具を処分してください」では、ちょっと難しいのです。

(※「美術品を買いたい」という方は、紹介なくてもウェルカムですよ~)

大体ご紹介されるのが、「コレクターが亡くなり、そのご遺族が残されたコレクション・物品をどうするべきか困って」という相談です。大抵、残されたコレクションを遺族が引き継いでもしょうがないから、「売って処分する」という話になるんですよね…。

よくよく考えてみれば、それがごく自然な話。だって遺族からしたら、『自分自身が好きで集めたわけでもない』ので…モノによっては場所を取るし、言い方悪いですけど「邪魔」ですよね。

コレクションというのは、時間をかけて『自分で積み上げて』いく、いわば積み木遊びのようなものです。積み上げ、崩して、また積み上げ…納得のいく形に仕上げていく。コレクションの中身はともかくとして、その過程がコレクターは楽しいのであり、蒐集のプロセスをすっ飛ばして、出来上がった集合体を見せられたところで「うわあ、すごいなあ」と思えども、それに自分の思い入れがあるかというと……難しいですよね。

もし残されたコレクション・物品の中に「あ、これはいいなぁ」と思えるものがあれば、それは手元に残しておけばよいのです。処分することはいつでもできますので…残せるのなら、残しておいた方がいいです。でも大抵、『全部はいらない』。

だからどんなコレクションも、最終的に「離散する運命」にあるのです。(※一部の特殊なケースを除き)

「せっかく集めたのに、勿体無いなぁ」というシーンは、何度も立ち会いました。集めた当人が永遠に生き続けられれば、そういうことはないのでしょうが…。今のところそういう人間はいません。

そして「人の想い」とは、100%すべてを誰かに引き継いでもらえるわけじゃ、ない…けど……。

こういう「儚さ」が、僕は結構好きなのですが……。

んー、ちょっとロマンチックな感覚過ぎて、なかなか理解してもらえないかも知れませんね。(笑)

モノに宿る情熱

「いずれ手元を離れていくものに、お金をかけるなんて意味わからない」

「墓場まで持っていけないのに…」

心無い言葉をかけらた経験のあるコレクターも、中にはいるかもしれませんね~。

寂しい話ですが、コレクションというのは、美術品に限らずなんでも、程度の違いこそあれ「大多数の人には理解されない」もんです。これはコレクションしてる人にしか、分からない感覚でしょう。最終的には自己満足の世界です。他でもない、自分自身の楽しみにコレクションするのです。(だからと言って、独りよがりになっちゃいけないですけど…)

コレクションの全部が全部、そういう「所蔵者の思い入れが詰まった品物」とも、限らないのですけれど……お手伝いをしている中で「ああ、この人はこれを手にしたときに、こんな思いだったんじゃないかなぁ」と、そのアイテムの背景が透けて見えるときが、たまーにあります。所有者を知っているからこそ、見えてくる『モノの見え方・色味』だったり、逆にコレクター本人とは会ったことがないのに、蒐集物から見えてくる『好みの傾向』だったり。「この人はこれが好きだったんだな」という情熱が、いろんな形で感じられるんですね。(大半のモノは分からないですけどね…)

言外のやりとり、というのでしょうかねー。

所蔵者本人の口から美術品について矢継ぎ早にまくしたてられるより、モノを通してジワーっと感じられたり、思いがけずにフワッと感じる方が、なんか…いいです。これも僕の性格というか、好みの話になってくるのですが…「人と人とのダイレクトなやり取り」よりも、「人と人との間にワンクッション『道具が挟まった』コミュニケーション」が好きなのです。回りくどい、じれったいと感じる人もいるかもしれませんが。「あなたが好きです」とは言わず、「月が綺麗ですね」と言いたいのが、僕の性分なのです。その割に僕自身は鈍感なのが、だいぶポンコツなんですけれど…。

まあ……要はひねくれ者なんです(笑)

コレクターはいなくならない?

『所有するという喜び』は、所有しない事には味わえません。これも美術品に限った話ではないですが。

そして美術品の場合、誰かが「手放したもの」は、またどこかへと行きつきます。コレクションは離散しても、アイテムは残っていくんですよね(全部なのか、一部なのかわからないけど)。

『どこの誰が持っていたか?』って、古美術の世界ではうるさく言われるモノも中にはあります。昨今は、妙に「○○旧蔵」とか「ナントカ家伝来」とか「×××の眼」とか言って、大々的に喧伝して「美術品の箔付け」に利用する向きもありますが…それはそれで価値のあることですが、それが無ければダメかというと、そうでもない。というか、そういう美術品はごく僅か。

古い美術品、茶道具を手にするということは、誰かは分からなくても「これを好きだった人が、自分以外にもいる」という事なのです。手にする本人はそこまで意識することではないですが、こっそり素敵な事が起きているのです。

むしろ旧蔵者が誰かは分からない方が、いいかもしれません。まあこれも好き好きですが。

いずれにせよ「誰かが集めたもの」が最後は手放される運命にあるのなら、その先には別の新たなコレクターがいる、ということ。コレクションが散逸するからこそ、新たなコレクターが出てくると言える。

金銭的な価値の上下は、その時代ごとに変遷はあるのが当たり前なので、脇に置いておくとして…。どんなアイテムでも、モノの形をした物質が、人の手を渡りながら長い長い年月を積み重ねていく。そこに重みを感じるか、はたまた違う観点で価値を見出すか、バイアスをかけたり、または外したり、それもまた『持つ人にしかできないこと』です。外から見てるだけでは、何者でもない…。

果たして今後、どんなコレクターが出てくるかな…?コレクターがいなくなったら、この世界はどうなるのかな…?

売却のお手伝いをしながら、ボンヤリそんなことを考えていました。

年末はついつい思い耽る季節…

2年前の年末にも、いろいろ思い耽っていたのを思い出します。この界隈の将来の不安とかいろいろ。

今回はまた違った想いで、記事を書いています。

僕はまだ若い若いと言われますが、自分の知人・知己が鬼籍にいることも何度か経験するようになってきました…。

人の命には限りがあるから、いつか亡くなってしまうけど、モノや道具は残る。消えて失われるモノもあるけど、特に「美術品」とされるものは、後世に残っていく…。そういう事を意識し、ちょこっと考えた1年でした。

なんとなしに、「どうなるのかな?」って思ってしまいます。別に「こうなってほしい」という想いや答えが自分の中で明確にあるわけじゃないんですが。

想いが強すぎるのも、なーんかエゴが強すぎる気がするし、かといって収集品が手元を離れたと同時に、何もかもリセットで意味消失してしまうのもなーんか味気ない…。ほどよい塩梅で、何かしら未来に繋がってほしいかな。何事もバランスが肝要だなぁ。

そういう視点で、「集散不期 願貽同好」という印は、「ちょうどよい塩梅だなぁ…」という気がしています。自分の名前を残すのではなく、モノを未来に残す(結果として名前もしっかり残ってるけど)。こういうスタイル、カッコイイなぁ~。憧れちゃう。

これもまた「僕一人で考えるだけ無駄な話」かもしれないのだけれど…。

様々な供養の気持ちを込めて…合掌

心経曰く、「無眼耳鼻舌身意」

意訳すると、『目に見える色も、耳に聞こえる声や音も、鼻で嗅ぐ香も、舌で感じる味も、身体で感じる触覚も、頭で考える意識も、なにも無い』ということ。

これは「般若心経」の一節。このお経を「道具のデザイン」として好んだのが、松平不昧。香合は手の中に納まり、目で見て鑑賞し、香を焚く香木を入れておくための道具。なのに『あらゆる感覚器官(眼耳鼻舌身意)や、感覚自体(色声香味触法)に、意味や理由はない』と、般若心経では言っている。色も、形も、香も…何も、無い。

「ではこの道具は一体何なのか…?」

この香合の存在が、見る人、手に取る人、使う人たちに、問いかけてくるのです。その自問の果てには、恐らく『何か』がある。それを確認する手段や助けとなるのが、読経なのかもしれない…。『何か』が分かると「悟りが開ける」のかもしれない…。

いやぁー、年末はついつい…長くなっちゃいますねー。( ´Д`)

ぎゃーてーぎゃーてー、はーらーぎゃーてー……。

というわけで……また来年!

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