「暦」の進化

勉強部屋・特別編。「暦を知ろう」シリーズです。

当店が面する呉服町通りのオオカンザクラは見ごろを迎えております。

3月18日は今年の彼岸の入り。21日が春分の日です。今後、なるべく節季にまつわる時期にアップしようかと。

ちょっとずつ、理系成分が濃くなってきます。

春分?彼岸?

暦の話に関わるタイムリーな話題を少し。今年は3月21日が春分の日。

「日中と夜間の時間が大体同じぐらいになる日」

「太陽が真東から昇って、真西に沈む日」

「太陽黄道が0度になる瞬間、およびそれが属する1日」

というのが、春分の日です。

そして春分の日(or秋分の日)の前後3日間、合わせて7日間の期間を「彼岸」と呼びます。

お彼岸の時期には、ご先祖様の供養(お墓参りだったり、仏壇におはぎをお供えしたり)を行うのですが、これは日本独特の風習です。なんとなく、「そういうものだから」という風に聞いて、供養を行っている人も多いのではないでしょうか?

正確な起源についてはよくわかっていませんが、仏教の世界で「極楽浄土は西にある」という考えから、真西に日が沈む春分・秋分の前後の時期を特別な期間と捉え、法会を行っていたことがベースとしてあり、そこに「ご先祖様を想う・弔う(祖霊信仰)」という日本独自の習俗が合わさった行事だといわれています。

「西にあるという極楽浄土にご先祖様がいる。西に沈む夕日を見て、ご先祖様を想い、自分もいずれ極楽浄土へ行けるよう、きちんと供養を行いましょう」

と、いうことだそうです。(まあ、宗派によっていろいろ考え方は違うのでしょうが…)

また「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があります。

今回のお話とかかわってくる内容ですので、ちょっと頭の片隅に覚えておいてください。

さて、前回はイメージをつかみやすくするため、「年」「月」「日」の成り立ち、概念についてお話しました。

今回からはより実践的に、暦の妙に触れていただこうと思います。

※現代を生きる僕たちは、「今、自分は地球という星の上にいて、地球の外側には宇宙が広がっていて、太陽の周りをぐるぐる回っている」ということを知識として、一般常識として知っていますが、太古の人類はこれを知りません。皆さんも、太古の人類になったつもりで、暦の進化の過程を見てみましょう。

1年=365日ではない?

前回の「太陰暦」の話のなかで、ちょっとツッコミを待って欲しいと言っていた、「1年の長さ」について、解説しましょう。

「1日」が「お日様が昇って、沈み、また昇る」サイクル。

「1月」が「お月様が満ちたり、欠けたりする」サイクル。

「1年」は「季節が一巡りする」サイクル。この「季節が一巡り」という表現自体が、なかなか捉えどころない。

「月」を基準にした「太陰暦」では、1年の長さを正確に測れなかった。

ここまでが、前回のお話のあらすじ。

そもそも、「季節はなぜ巡るのか?」を解明しないことには、「季節の一巡り」を捉えることが難しいのです。

漠然と「花が咲いた」「風が冷たい」など、体感では「確実に季節は巡っている」ということはみんなわかっています。

しかしその周期を測り、今現在がその周期の中のどこに当たるのか、これが分かりにくい。何を基準に「季節の一巡り」を計測するのか。

規則的に周期する「季候以外の周期」を知ることで、この季節の一巡りを捉えることができないか?さらに深い、宇宙と地球の神秘に迫っていきます。

光る星たちの動きを知る

夜空に浮かぶ月以外にも、膨大な数の光る星たちがあります。この星も月の満ち欠けとは別に、「少しずつ移動している」のです。

まだ人類が「宇宙」と「地球」という存在をよくわかっていなかったころ、「星は空の天井にくっつき、天井がぐるぐると回転している」ように見えることから「天球」という概念が生まれました。

その中でも「殆ど動かずにいる星」があり、これが天球の回転する軸に相当し、「北極星」と呼びます(厳密に言うと、実際は動いていますが、肉眼ではほぼ同じ位置に見えます)。

実はこれが「東西南北」という、方角の概念のベースとなっているんですね~。北極星に対して反対側が南、そして北に向かって右側が東、左側が西という、4つの方角の概念が生まれました。

それ以外の星はそれぞれの位置関係を保ったまま、東の空から西に向かって、少しずつ動いていきます。それゆえに「空に星がくっついている」という表現をしたのです。

膨大にある星の一つ一つを探し出すのは大変です。そこで、「位置関係を保ったまま」という性質を生かし、特に明るい星を繋げて「形」として覚えることで、より観測をしやすくしました。これが「星座」です。

ちなみに、一部の特別な星は、「星の間を惑うようにあちこち動いて」います。これらを「惑星」と呼びます。(水星・金星・火星・木星など)

そして、この世界には夜空の星や惑星だけでなく、圧倒的に輝く星があります。それが「太陽」です。

毎朝、昇る太陽。毎夕、沈む太陽。月や星座と違って、太陽は直視することが難しいです。

「前は、あの山のてっぺんからお日様が昇ってきたけど、今日は山の中腹から出てきたなぁ」

「あれ、以前よりも影の長さが長くなってる気がするなぁ」

そんな中でも、比較的観測が容易な、日の出・日の入りの方角や、影の変化でしょう。

これらの変化が示すことは、一体どういうことでしょう?国立天文台「暦計算室」の「暦Wiki」から、画像を引用させていただきます。

「星座」でも「太陽」でも季節の移り変わりを知ることはできますが、「星座」で解説するよりも「太陽」の方が幾分、わかりやすいと思います。

天球「地上(観測地点)から見た空」を視覚的・感覚的にわかりやすく示した球面)上に三色の線がありますが、これは「太陽が動くライン」を示しており、「夏至」「春分・秋分」「冬至」のそれぞれの時期の太陽の動きを比較できるようになっています。

この図のように、太陽が昇り・沈む位置は、日々刻々と変化しており、しかもそれが一定の周期でサイクルしているのです。

「日の出・日の入りの方角」と、「影の長さ」は、ともに「太陽が天球上を通るライン」の変化を示すものであり、この変化が規則的に繰り返し周期していることに、人類は気付くのです。

 

季節=太陽の恵み

先ほどの「暦Wiki」の引用画像をもう一度見てみましょうか。

赤いラインが「最も天球上の高い位置を通ったときの太陽の動き」で、青いラインが「最も天球上の低い位置を通ったときの太陽の動き」です。

こういう図でみると、赤いラインの方が長くて、青いラインが短いですよね?(騙し絵とかじゃないですよ)

「もしかして、日中の時間(日照時間)も変わってるのかな?」と、人類は仮説を立てます。

この図を見るまでもなく、「ああ、最近はずいぶんと日が長くなったなあ」とか、「まだ5時なのに、もう外は真っ暗だ」などと、感じたときがありませんか?

「太陽が昇ってから沈むまでの時間」を赤いライン青いライン、それぞれ計測して比較すると、同じ「1日」でも、「日中」の時間が違うということが分かったのです。

日中の時間が変わると、どんな影響が及ぶのか。緯度・地域による差は無視して、ザックリ言うと、こんな感じ。

日照の時間が長くなれば、大地や海が長い時間、熱せられます。気温が上昇し、水蒸気が作られ、それはやがて雨となって大地に降り注ぐ。

日照の時間が短くなれば、逆に熱せられなくなる。気温は上昇せず、雨もあまり降らなくなる。

最も天球上の高いラインを太陽が通る日が(日照時間がもっとも長い日)を過ぎてから、徐々に太陽が通るラインは下がっていきます(=徐々に日照時間は短くなっていく)。つまり、季節はだんだんと寒くなっていくのです。

そして最も天球上の低いラインを太陽が通った日(日照時間が最も短い日)以降は、翌日から徐々に太陽が通るラインは高くなっていきます(=徐々に日照時間が長くなっていく)。つまり、季節がだんだんと暖かくなっていく

「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉も、この季節の変化を表す言葉。

  • 「春の彼岸」の場合、「最も寒い時期」「最も暑い時期」の中間地点。
  • 「秋の彼岸」の場合、「最も暑い時期」「最も寒い時期」の中間地点。

どちらも、「暑くもなく寒くもなく、ちょうど過ごしやすい時期」であり、その到来を意味する言葉なんですね。

「なんで太陽の動くラインが、日々ちょっとずつ移動しているの?」と疑問を抱いた方、国立天文台の暦Wikiに、その詳しい理由が紹介されています。

地球と宇宙の神秘に触れることができる、面白いコンテンツがたくさんあるので、オススメですよー。

この太陽の動きこそ、「季節が巡るサイクル」じゃないか!人類の大発見です。

1年は何日?

お待たせしました。

「季節の一巡り」「太陽の動きに起因していること」だと分かりました。では、太陽の動きはどれぐらいの周期で巡っているのか

これこそが「1年の長さ」なのです。

「春分→夏至→秋分→冬至→春分」という、太陽の動きの1周期を観測してみると…大体365.25日ぐらい

観測機器の発達と、天文学の発展ともに、この数字はより正確なものに近づいていきます。

実はこの地上から見える太陽の動きが一巡りすることは、太陽の周りを地球が1週するのと同義である、ということが後に分かるのですが…興味がある人は先述の「暦Wiki」のコンテンツを見てもらったほうが分かりやすいでしょう。

人類が当初用いていた「月」を基準にした暦、「大陰暦」で数えた12ヶ月の1年とは、ズレが生じています。さー、どうしましょう?

1から新しい暦を作ればいい、というのも考え方としてはアリでしょう。(実際にそういうパターンもあります。現在のカレンダーはこの太陽の動きをベースに月の満ち欠けを無視して作り直したものです)

ただ、人類はこの「月」を基準にした太陰暦も大切にしていたんですねー。

「新月の日が月の始まり」とする方法なら、どんな人でも、どこで見ても、日々の変化がわかりやすく、観測も容易で、「今・現在の月」を意識しやすいでしょう。

方や「太陽」は、長期的な変化はなんとなーく、わかるでしょうけど、観測機器がそろっていないと、日々の小さな変化を捉えずらいし、それを全員が同じ認識をする、周知徹底をする、ということはかなり難しい、という不便な点が残ります。

さらに細かい話をすると、農業はともかくとして、漁業に携わる人たちは、「月の満ち欠け」が「潮位」と関係していることを知っており、それもある意味、手放せなかったことの一因だろうとは思います。

理由はともかく、「月の満ち欠け」を読むことは、手軽で便利すぎてなかなか手放せなかったのでしょう。

さて、唐突ですがここで前回の復習テストです。

「太陰暦でいう1年のサイクルを3回繰り返すと、実際の季節のめぐりからは、何日ズレるでしょう?」

答えは「こちら」

これでピーンときた人がいたんでしょうね。

「いいこと考えた!3年ごとに、12の月に、もう一つ足りない月を足してやればいいんじゃない?」

  • 太陰暦の「12ヶ月」に、もう一つ「閏月」を挿入する。

「太陰暦」の考えのベースは大体そのままに、この「閏(もう一つの月)」を加えて生まれたのが「太陰太陽暦」です。

でも、ズレるもんはズレる

単に「3年目に1度、13の月を数えて1年にする」としただけでは、「3年目に帳尻を合わせる」というだけで、ズレるもんはズレます。

1年、1年のそれぞれの「季節のめぐり」を正確に捉えることと、「帳尻を合わせる」ことは微妙に違いますよね。

「どこで帳尻合わせるよ?」

という一つの課題が残りました。旧暦を知るには、まだまだいろんなことを解明しないといけないようです。

次回は「季節を読む」ことをさらに深く掘っていきます。

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