前田壽仙堂

亀井半二 染付雲龍門盃洗

陶画工・亀井半二

亀井半二は江戸時代後期の陶画工。「陶画工」というとあまり聞きなれないかもしれません。瀬戸の染付は他の地域の染付磁器と少し違う進化をしておりまして、ボディは陶工が、絵付けは陶画工がそれぞれ分業して行っていたのです。陶画工は本画師・文人の指導を受けており、瀬戸の染付は南画風の絵付けが多いです。

半二も山本梅逸という南画家に師事しており、外側の雲竜文こそ中国の染付磁器の写しですが、見込の絵付にその画風が生きています。高台内部は明らかに山切れを避けるように、「冨貴佳器」の銘が入っています。この銘も中国の写しでしょう。

これは勝手な想像ですが・・・恐らく見込み、外側と絵付けを施し、「よーし、ばっちりできたぞー・・・さて署名書くか・・・」と、ひっくり返したところで山切れを発見、「あー、ちくしょう、キレイに描けたのに・・・」なんてブツブツいいながら、山切れを避けて銘を入れたのかも(?)しれません。

妄想はともかく、山切れがあっても表面だけで中までは貫通していないし、絵付けが上手にできたので、妥協したのかもしれません。この頃はそこまで傷・割れなどに対する意識の高さは無かったというか、割といい加減な・・・というと語弊がありますが・・・大らかな(ユルイ)時代だったのですね。しかし、そんな山切れがあっても、半二の共箱となっているのは珍しいものです。

盃洗

こちらの器の形、鉢のようですが、少し経が小さめで深さがあります。ただの鉢ではなく、盃洗(はいせん)です。なかなか盃洗と聞いてピンとこない方もいるかもしれません。格式高い高級料亭なんかにいくと、お酒と一緒にこの器も出てくるらしいですよ。若輩の僕は経験ないですけど・・・。同じ盃で酒を飲み交わすとき、ここに水を入れて、盃を清めるために使います。見込みに魚が泳いでいるのは、そういう用途を考えてのお洒落なデザインですね。

なかなか、本来の用途では使われなくなってきている盃洗ですが、料理を盛る器としてもいかがでしょうか。